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東京高等裁判所 昭和41年(ツ)15号 判決 1967年8月09日

上告人 前田守

被上告人 新倉謙一

主文

原判決を破棄する。

本件を横浜地方裁判所に差戻す。

理由

上告理由第一点について。

原審の適法に確定した事実関係に照らすと、本件土地賃料については、昭和三一年六月末日まで地代家賃統制令の適用があつたが、同年七月一日以降同令の一部を改正する法律(昭和三一年法律第七五号)施行の結果、同令第二三条第二項第三号、第一項にもとづき同令の適用が除外されたものと認むべきであつて、この点に関する原審の判断は正当である。

しかし、このような場合、同令の適用があつた当時にされた同令の制限を超える賃料の約定は、右制限超過の限度で確定的に一部その効力を生じないのであつて、その後前記の如く同令の適用除外があつたからといつて、当然右部分の効力が生じ、賃料が右約定金額にまで増額するものではない。もつとも、当事者間において、同令適用除外後引続き制限超過の前記約定賃料の授受が行われ、あるいはすくなくとも右約定賃料支払の請求が行われるなど、新たな賃料の合意若しくは借地法第一二条の要件をそなえた賃料増額請求があつたものと認め得べき事情が存在するのであれば格別であるが、このような特段の事情がない限り、地代家賃統制令適用当時における制限内賃料が、同令適用除外後も依然正当の賃料であると解すべきである。

従つて、原審が、本件土地賃料につき地代家賃統制令の適用があつた昭和三〇年一月から同年末日までの間、本件当事者間において同令の制限を超過する約定賃料年額金二万三一〇〇円の授受があつた事実及び昭和三一年一月以後の賃料は上告人において被上告人に対する反対債権と相殺するという理由で支払を拒んでいるが賃料額については何ら異議を述べていないという事実をそれぞれ確定しただけで、たやすく昭和三一年七月一日地代家賃統制令の適用除外を受けた後の本件土地の正当賃料は前記約定額である年額金二万三一〇〇円と認むべきものと断じた上、これを前提として被上告人のした本件催告が著しく過大と認め難いと判示したのは、法令の解釈を誤つた結果審理不尽理由不備の違法におちいつたものであつて、論旨は結局理由があるといわなければならない。

よつて、他の上告理由につき判断するまでもなく、原判決を破棄すべきものとし、民事訴訟法第四〇七条第一項に従い主文のとおり判決する。

(裁判官 川添利起 坂井芳雄 蕪山厳)

別紙

上告理由書

第一点

原判決は「………成立に争いのない乙第二号証、原審証人五十崎千代の証言、原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果を綜合すると、昭和二七年頃から本件土地の地目が畑地から宅地に変更され、これに伴い公租公課の値上り、比隣の土地賃料が騰貴したこと、その頃から被控訴人は控訴人に対し右事情を説明して、適正賃料を上廻る賃料を要求し、昭和三〇年一月からは年額金二三、一〇〇円(月額坪金一〇円)の賃料の支払を求めたこと、控訴人はこれに応じて要求された右賃料を昭和三〇年末までに異議なく支払つて来たこと」を認定し、本件宅地の地代金が年額金二三、一〇〇円坪当り金一〇円なりと認定して居るが、右認定は充分な審理をなすことなく為した認定で、原判決は審理不尽の違法がある。

即ち

本件宅地の適正賃料は、月額金四六一円一〇銭(但し都市計画税を含まない)年額金五、五三三円なることは計算上明らかであり、之に対して年額金二三、一〇〇円の請求は適正賃料を上廻ること四倍の請求である。

原判決は坪一〇円は現在の社会経済上の観点から見てさして高額でないとの視野から簡単に考えられたものと思うが適正賃料は坪当り二円五〇銭なのを坪当り一〇円請求して居るもので、この請求は被控訴人本人尋問の結果によると

「固定資産税を一割の税金と見て、それから算出したのですというのは要するに貯金とか配当金などの不労所得には一割の税金がかゝるので地代も不労所得とみて固定資産税を一割の税金とみてそれから算出した訳です」(第六回弁論調書被控訴人本人調書昭和四〇年八月三日)

とあつて坪当り一〇円の地代要求は被上告人の恣意に基く要求で上告人の承諾は得て居ない。

上告人は被上告人のこれが公定地代ですという言を信じ、支払いして来たに過ぎないので適正賃料を四倍も上廻る要求には応じることはできない。

被上告人は適正賃料を上廻ること四倍の催告を為した。

斯る過大催告は不当のものであり、催告の効力は発生しないにも拘はらず原判決はその催告は過大でないと認定したのは審理不尽により不当な事実認定をした法令違背があり破棄せらるべきものなり。

第二点

原判決は「催告期間が不相当であるとの点は、元旦から三日まで金融機関が休業しているため、一般に金銭の取引が行われないのが通例であるけれども、本件において被控訴人の催告の到達した翌日である昭和三八年一二月三一日及び昭和三九年一月四日(土曜日であることは暦法上明白)の両日に、控訴人が催告額に応じた資金準備をなし得ないとは認め難い、…………催告期間が不相当であるとはいえない)と認定しているが、延滞賃料支払の催告に付された猶予期間が土曜日一日しかない場合は、右期間は不相当というべきである、即ち本件催告は猶予期間は昭和三九年一月五日であるが正月三ケ日は一般に取引しない慣習のあることは明らかであり、四日は土曜日五日は日曜日であるから右催告に附された猶予期間は、一月四日の土曜日の午前中しかないことゝなり、本件催告に定めた猶予期間は、不相当であるといわなければならない、

謂わんや催告の内容は過大催告であり、且つ相殺契約の成立して居る事情もあり、斯る点に付て原判決は充分な審理を為すことなく本件催告は有効なりと認定したのは軽卒に過ぎるものがあり、原判決は審理不尽乃至理由不備の違法があり、民事訴訟法第三九五条第一項第六号に該当し破棄を免がれない。

第三点

原判決は昭和四〇年一一月九日判決原本に基き判決言渡を為したとあるにも拘はらず、上告代理人が昭和四〇年一二月二〇日に本件記録を閲覧した処、判決原本は記録に編綴して居らず、判決正本が記録に編綴せられて居た。

即ち原判決は判決原本なくして言渡された疑あり、民事訴訟法第一八九条第一項、第一九一条に違背する判決言渡であり、破棄を免がれない。

なる程、上告が提起された場合においては、控訴審判決の原本は控訴裁判所に留め、訴訟記録にはその正本を添附してこれを上告審に送付すべきである、との判例はあるが上告裁判所に事件を送付するまでは、尚ほ原裁判所に係属するものであるから判決原本はそれまでは訴訟記録に編綴さるべきものである。さもないと果して裁判官の署名捺印ある判決原本が存在したか否か多分に疑を持たるゝものである。

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